こんばんは家の方に、帰って来て、駅着いて、雨が酷くなって来たと、思ったら、雪だったえっ雪なの〜今日、そんな寒くなかったよねと、1人思いました積もる雪じゃないので、暖かくして、ワンコと、寝ます今日も、お誘い頂き、楽しいお時間、ありがとうございます癒しのまったり時間は、あっという間に、過ぎてしまいましたねまた、お逢い出来るの、楽しみにしながら、元気に、お待ちしてますさて、いよいよ、野球シーズンも、そこまできましたが、それと同じくらい、待っていた場所が、リニューアルオープンします大和ミュージアムが、4月23日に、オープンしますどれだけ、展示が変わってるか、気になります江田島の、海上自衛隊第1術科学校と、大和ミュージアムと、野球観戦の、合間に、また行って来たいと思います何回行っても、また行きたくなる場所です昭和20年4月5日に、戦艦大和に、沖縄方面への、航空作戦が、発令されました。「天一号作戦」ですね。天一号作戦は、航空作戦と、言われていますが、実際には…。海上特攻。航空機の、護衛もないままに、大和をはじめとした、艦隊は沖縄へ突入、座礁しても、浮き砲台になって、砲撃をし、そして、弾が尽きたら、乗組員は、陸に上がり、陸戦隊になり、突撃する。こんな事、海軍の戦じゃないですね一億総特攻の、先駆けとして、昭和20年4月6日15時20分に、大和を旗艦とした、第2艦隊は、徳山沖を出撃する事になります。第2艦隊、伊藤整一中将、戦艦「大和」第2水雷戦隊、吉村啓蔵少将、軽巡洋艦「矢矧」第41駆逐隊、吉田正義大佐、駆逐艦「冬月」「涼月」第17駆逐隊、新谷喜一大佐、駆逐艦「磯風」「浜風」「雪風」第21駆逐隊、小滝久雄大佐、駆逐艦「朝霜」「霞」「初霜」奇跡の駆逐艦と呼ばれた、あの駆逐艦「雪風」も、大和と、一緒に出撃しましたね。映画「男たちの大和」でも、描かれてましたが、出撃直後、大和の甲板に、総員が集合して、「各自の故郷に向かって挨拶せよ」との命令が出されました、その時の、乗組員の気持ちを想うと、胸が、詰まります海を越え、届くはずもない別れの挨拶、みんな、わかっては、いるけど、誰もが、別れの挨拶をしたんですね…。戦争末期、神風特別攻撃隊が、編成され、今では考えられない、特攻が行われ、出撃した特攻隊員の多くは、20歳前後の若者達。陸軍少年飛行兵学校、予科練習生を経た少年、学徒出陣で動員された大学生。戦争の時代、昭和初期に育って、「お国のために」と、散って逝った…。祖父の話しを聞いたり、調べたりと、あの時代があるから、今がある。好きな事を好き、嫌な事は嫌だと、はっきり言える時代に生まれた事が、どんなに幸せな事かまた、呉の地で、そんな事を、思い見学します?